報告書では、原作者を「難しい作家」と表現している箇所がいくつか見られます。
- 出版社のC氏、D氏は、テレビ局のA氏、B氏とのドラマ化の打ち合わせの際に、原作者が過去に漫画のドラマ化で揉めたことがあり、「難しい作家」であるため、原作に寄り添ったドラマ制作をお願いしたい旨伝えたと述べています。
- テレビ局のA氏は、C氏、D氏から上記のような説明を受け、原作者が自己の作品へのこだわりが強い人だと思ったが、こだわりが強い人のほうが良いドラマができると思ったと述べています。
- テレビ局のA氏は、本件脚本家に対し、脚本家候補の1人として名前を挙げた際も、「難しい人」と伝えています。
このように、原作者を「難しい作家」と表現している箇所が複数ありますが、この表現は、原作者を尊重するというよりも、原作者の意見を聞き入れるのが難しい、厄介な存在といったニュアンスが含まれているように感じられます。
また、報告書では、原作者と制作サイドとの間で、原作の解釈やドラマ化の方向性について認識のずれがあったことが指摘されています。こうした認識のずれは、制作サイドと出版社の担当者との間でも生じていた可能性があります。
例えば、ドラマオリジナル部分の脚本制作について、原作者は、自身が脚本を執筆することを希望していましたが、制作サイドはそれを受け入れず、別の脚本家に依頼しました。この点について、出版社の担当者は、原作者が脚本を執筆する可能性があることは、事前にテレビ局に伝えていたと主張しています。しかし、テレビ局側は、そのような話は聞いていないと述べています。
このように、出版社の担当者が原作者の意向を十分に制作サイドに伝えていなかった可能性も考えられます。
報告書で詳細に語られていないことから、出版社の担当者がどの程度原作者と制作サイドの間の調整を行っていたのかはわかりません。しかし、原作者と制作サイドの認識のずれを解消するために、より積極的な役割を果たすべきだったのではないでしょうか。
個人的に一番気になった点ですね。
「難しい作家」「簡単な作家」という表現は言うなれば
難しい=言うことを聞かない
簡単=言うことを聞く
のように読み取れます。この報告書では基本原作者様を「難しい作家」と表現しています。
キーワード「キャラクターの崩壊」
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